経済に疎いので余分な感想は避け、この本の要約だけに止める。ただ、著者のうち渡辺氏は、政府のODA改革懇談会の座長を務めているとのことだから、多少、政府よりの立場からの物言いなのではないかと思う。
まず、ODAの概要であるが、日本は、1990年代は世界最大の援助供与国であったが、1997年をピークに次第に減少し、現在は、アメリカについで、世界第2位の援助国となっている。2003年のODA事業予算は、1兆1570億円であり、その財源内訳は一般会計が約56%、財政投融資が約35%などとなっている。
また、日本のODAの特徴として、他の先進諸国に比べて、①援助形態として贈与ではなく政府貸与(借款)が多いこと。②支援分野として大規模プロジェクトによる経済インフラ整備が中心であること。③地域として東アジアに偏っていることがあげられる。
こうした日本のODAに対して、現在、国民からの批判が高まりつつあり、その内容は次の4点ほどであるが、その大半は批判のための批判であり、根拠がない。
第一に、ODAによる大規模開発で相手国の環境破壊が生じたり、住民移転に対する反感が強まったりする点があげられる。環境保護や住民への補償は重要だが、インフラが決定的に遅れている開発途上国にとっては、大規模開発が決定的に重要な場面があるので、大規模開発そのものへの批判は当たらない。事実、日本がこれまで東アジア地域で行ったODAはNIESやASEAN諸国の成長に寄与してきた。
次に、ODAが日本企業だけを利しているという懸念は、過去のODAはともかく、現在は約8割がアンタイドであるからして、的を失している。第三に、贈与比率が低い点に関しては、贈与は相手国政府の腐敗をもたらす場合も多く、借款の方が相手国の自立を促すには良いという点もある。最後に、ODAに明確な基準がなく、米国に追随した運用がなされているという批判は、一部、アメリカに協調して行っている部分はあるが、ODAには外交的側面があるため、或る程度は仕方がないと言える。
極端な議論としてODA廃止論があるが、グローバリゼーションが進展する中で、日本は東アジアはじめ多くの国と密接な相互依存関係を築いており、開発途上地域の経済発展を促しながら、自国の発展を維持していかねばならないことを考えれば、ODAは廃止できない。
ただし、日本のODAも財政の逼迫状況や相手国の成長の度合いに応じて見直す必要はあり、今後は、量から質への転換を図っていく必要がある。その視点としては、第一に、あくまで相手国の経済成長を牽引するのは民間直接投資であり、政府支援は相手国政府がその市場メカニズムを効果的に機能させるための補完的役割を担うべきであり、ODAも、従来のインフラ支援から知的支援へとシフトしていく必要がある。また、支援に当たっては、あくまで相手国の旺盛なオーナーシップと連携したパートナーシップにより推進することが重要である。
なお、中国への援助については、中国が既に自力で経済発展を遂げていることや、軍事力への転用等も懸念されること、更には日本のODAについて中国国民へ十分な周知をしていないことなど多くの問題があり、廃止する意見が強いが、今後の経済のパートナーシップを考えた場合、減額はするにしても環境対策など特定分野に限って継続していく必要がある。(と、著者は言っている。)
著者は、日本のODAを、開発途上国の経済支援という原則的な立場から維持すべきだとしているが、現実は、その効果が相手国国民に十分伝わっているとも思えず、まるで、戦後賠償であるかのごとき扱いを受けていることは納得できるものではない。また、中国の東アジアへの軍事・経済での影響力が強まる中、日本の東アジア各国との政治経済面でのパートナーシップを確実にするためには、手段としてのODAも、外交面も含め、現実的な視点から効果的に実施しなければならないと考える。